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令和を展望する独禁法の道標5 第12回「独禁法違反行為の私法上の効力を巡る裁判例と契約書起案・審査における留意点」
青谷 賢一郎
(株式会社ニトリホールディングス 執行役員 法務室長(弁護士))
※この論稿は、BUSINESS LAWYERS(弁護士ドットコム株式会社)のウェブサイトに掲載の同名論稿のロングバージョンです。コンパクト版をBUSINESS LAWYERS(https://www.businesslawyers.jp/articles/1065)でご覧いただけます。「令和を展望する独禁法の道標5」は、雑誌Business Law Journal(レクシスネクシス・ジャパン株式会社)2020年9月号(No.150)~2021年2月号(No.155)に第1回から第6回が連載され、第7回以降はBUSINESS LAWYERSに掲載されています。
1 はじめに
契約の当事者が、独占禁止法違反の契約、契約解除が私法上も無効であると主張して、債務不存在の確認・抗弁、債務不履行に基づく現実的履行や、不当利得返還、契約上の地位の確認・物の引渡し等を求めることがある。このような主張は、民事裁判において認められるのであろうか。
この問題は、一般的に「独禁法違反行為の私法上の効力」と呼ばれる論点(以下、「本件論点」という。)である。具体的には、上記のような主張をする際、民法90条(「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」)を根拠とすることができるかという問題である。この問題については、昭和52年に最高裁判所が一般論(後述のとおり「付加要件説」を呼ばれる)を示した後、平成にもその一般論を具体化するような興味深い裁判例が複数出ており、さらに令和に入り、注目すべき裁判例が出ている。
本稿では、たとえば次のような事例を考えてみていただきたい。
(イ)ある地方公共団体が、請負契約は競争入札によることを定めているにもかかわらず、請負案件を入札する事業者間の競争をさけるために、事業者のあいだで「高価に見積もり落札した者が、落札しなかった他の入札者に落札によって得た利益を分配する」旨を合意するような水平的な競争停止行為は、私法上も無効だろうか。
(ロ)ある化粧品メーカーの意に沿わない安売りをしている複数の小売店に対して、当該メーカーの化粧品の卸売販売業者が継続的取引契約を解除し供給を停止する行為は、垂直的な競争停止効果をもつものであり、私法上も無効であろうか。
(ハ)バス会社複数社のあいだで、ある特定の地域において一社独占の運行を合意するような他者排除行為は、私法上も無効だろうか。
(二)プライベートブランド商品の納入業者と大手小売業者との間でなされた、前者が後者に販促協力金を支払うという搾取的内容の合意は、私法上も無効だろうか。
本稿では、まず、私人が裁判で独禁法違反の私法上の行為を争う方法をみたうえで、総論として、一般的な議論(学説と裁判例)を概観する。その後、各論として、違反類型(競争停止、他者排除、搾取)ごとに、 昭和・平成・令和の裁判例を概観していくことにしたい。(なお、本稿の意見に関する部分は、あくまで筆者個人の見解であり、筆者が属する組織の見解をあらわすものではないことを申し添えておく。)
2 私人が民事裁判で独禁法違反行為の私法上の効力を争う方法
民事裁判で私人が「独禁法違反の私法上の行為の効力」を争う方法には、下記のようなものが考えられる(注1)。
方法 | 内容 | 備考 |
---|---|---|
①無効主張 (民法90条等) | 違反行為の効力を否定(例:契約に基づく履行や損害賠償を請求された被告が、抗弁として独禁法違反による契約条項や解除の無効を主張) | 本件論点(独禁法違反行為が民法90条の公序にあたり無効となるか)が問題となる |
②不当利得返還請求(民法703条) | 独禁法違反の私法上の行為が民法90条に違反し無効であり、「法律上の原因」を欠くとして、不当利得の返還を請求する | 同上 |
③損害賠償請求 | 民法709条 ・違法性、故意過失、因果関係、損害、損害額を原告が立証 ・スタンドアローンでもフォローオンでも、どちらの利用も可 ・違反行為の掘り起こしや公取委の事件処理への問題提起の機能 独占禁止法25条 ・故意過失は不要(無過失責任) ・公取委の排除措置命令等の確定が前提 (フォローオン専用の制度) | 大多数が入札談合事件で、そこでは、民法709条の権利利益侵害の要件を満たすことは当然とされ、本件論点は展開されないのが通常 |
④差止請求 (独禁法24条) | ・「不公正な取引方法」にあたる違反行為に限定 ・原告は「著しい損害」の立証が必要 ・違反行為の掘り起こしや公取委の事件処理への問題提起の機能 | 本件論点を噛ますことなく、端的に独禁法違反行為の差止が可能 |
⑤民事保全手続 | 独禁法24条に基づく差止請求権を被保全権利とする保全申立て | - |
⑥その他 | 株主代表訴訟、国家賠償訴訟、住民訴訟など | - |
このうち、本稿では、主に上記①の方法で独禁法違反行為の私法上の効力が争われたものを扱っていきたい(注2)。
3 総論
それではまず、この問題に関する総論的な見解をみたうえで、著名な最高裁判例とその後の下級審判例を紹介していく。
(1)民法学説
①民法学における伝統的議論(民法91条「強行規定」の解釈論)(注3)
民法91条の強行規定を、「単なる取締規定」(行政上の考慮から一定の行為を禁止・制限し、その違反に対しては刑罰や行政上の制裁を課すに留めるもの)と「効力規定」に分けて、後者に抵触する行為のみ私法上も無効とする。
②近時の民法学説(民法90条の「経済的公序論」)(注4)
行政上の取締規定を、「警察法令」と「経済法令」(独禁法はこちら)に分類し、後者は規定の目的が民法90条の「公序」と重なるため、その違反は、契約の効力を考えるうえで重要な判断要素となる。そこで、独禁法の理念が多数に受け入れられるようになった現代においては、独禁法違反の法律行為はできる限り無効とされるべきであるという見解である。
(2)独禁法学説
①川濱昇説(注5)
契約等の法律行為そのものが独禁法に違反する場合、私法上有効とし、当該契約等の履行を裁判上強制することは、法が違法な行為の手助けをすることになるので、原則は無効。ただ、具体的な判断は、当該禁止規定の趣旨などに依存せざるをえない、とする。
②村上政博説(注6)
独禁法違反行為のなかで「公序良俗に反して」無効になる行為はカルテル協定、再販売価格協定、優越的地位濫用行為にほぼ限定されるのではないか、とする。
③白石忠志説(注7)
独禁法典を説明道具として援用する民事裁判において、ある行為が「独禁法違反」であることは、私法上の無効を説明する道具となるだけの説得力をもつ。すなわち、独禁法違反であることは、基本的には私法上無効の「十分条件」であるといえる。ただし、「公法と私法」の観点から留意すべき取引の安全の問題などを理由に、例外もある。
④中野・鈴木説(注8)
ア)不当な取引制限
談合はほぼ無効(取引安全は配慮不要)、価格カルテルは必ずしも無効とすべきではない。
イ)私的独占
どこからが違反行為となるか明確でない場合も多いため、無効とするのが妥当でない場合もある。
ウ)不公正な取引方法
垂直的制限に関するものは、取引の安全の配慮が必要だが、搾取型の場合、取引の安全への配慮は不要なことが多く、その場合は無効となる。
(3)最高裁判例(最判昭和52年6月20日民集31巻4号449頁)
この判例は、独禁法違反行為の私法上の効力について、最高裁判所として正面から判断した初めてのものとして著名であり、「岐阜商工信用組合事件」という事件名でも知られる。本論点について、次のような一般論を判示した(少し長いが引用する)。
「独禁法19条に違反した契約の私法上の効力については、その契約が公序良俗に反するとされるような場合は格別として、上告人のいうように同条が強行法規であるからという理由で直ちに無効と解すべきではない。けだし、独禁法は、公正かつ自由な競争経済秩序を維持していくことによって一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とするものであり、同法20条は、専門的機関である公正取引委員会をして、取引行為につき同法19条違反の事実の有無及びその違法性の程度を判定し、その違法状態の具体的かつ妥当な収拾、排除を図るに適した内容の勧告、差止命令を出すなど弾力的な措置をとらしめることによって同法の目的を達成することを予定しているのであるから、同法条の趣旨に鑑みると、同法19条に違反する不公正な取引方法による行為の私法上の効力についてこれを直ちに無効とすることは同法の目的に合致するとはいい難いからである。」(下線は筆者)
この最高裁判例は、無効の要件として、独禁法違反に加えて、民法90条の公序良俗違反を要求する立場といえる(付加要件説、と呼ばれる(注9))。これを等式で表すならば、(独禁法違反+α)=民法90条違反で私法上無効ということができる。
それでは、ここでいう「+α」にあたる要件とはどのような要件なのか、が次に問題となる。そこで参考になるのが、この昭和52年の最高裁判例の後に出た、昭和、平成の2つの下級審裁判例である。
(4)高松高判昭和61年4月8日判タ629号179頁(奥道後温泉バス路線事件)
本件の事案については、後ほど簡単に説明するが、高松高裁は、独禁法違反の契約の効力について、次のように述べている。
「独占禁止法の規定の性格は、その内容によってかなり異なっており、効力規定的要素が強いものから行政取締法規的要素が強いものまで種々様々であるから、独占禁止法違反の契約、協定であっても一律に有効または無効と考えるのは、相当でなく、規定の趣旨と違反行為の違法性の程度、取引の安全保護等諸般の事情から具体的契約、協定毎にその効力を考えるのが相当である。」(下線・太字は筆者)
(5)東京高判平成9年7月31日高裁民集50巻2号260 頁(花王化粧品販売事件)
本件は、特定メーカーの化粧品の販売業者と小売店の間の継続的供給契約におけるカウンセリング販売の義務付け条項の効力が争われた事案である。東京高裁は次のように述べている。
「独禁法に違反する私法上の行為の効力は、強行法規違反の故に直ちに無効になるとはいえないが、違反行為の目的、その態様、違法性の強弱、その明確性の程度等に照らし、当該行為を有効として独禁法の規定する措置にゆだねたのでは、その目的が充分に達せられない場合には、公序良俗に違反するものとして民法90条により無効となるものと解される」(下線・太字は筆者)
(6)裁判例が示す総論の整理
以上2つの下級審裁判例を整理すると、「①違反行為の目的」、「②違反行為の態様・違法性の程度」、「③取引の安全」、という3つの観点が、2つの裁判例に共通する要素にみえる。
ここで、①違反行為の目的とは、「当事者の主観的態様」と言い換えることができる。また、②違反行為の違法性の程度とは、「行為の客観的態様」を指すといえよう。さらに③取引の安全とは、前述①、②の重大性に鑑みて取引全体を公序良俗違反として無効とすべきか、それとも、取引の動的安全を重視し当該取引を有効とする価値があるのかという利益衡量を指すものと考えられる。
それでは、これら①、②、③の要件のうち、+α要件となりうるのは、どの要件であろうか。
①当事者の主観的態様
独禁法の法目的が「違反状態の是正」にある以上、独禁法違反か否かを判断するにあたって、行為者の主観は原則として考慮されない(客観説)というのが、通説的見解である(注10)。だとすると、行為者の主観的態様は、独禁法違反の要件の外にあるため、+α要件となるというべきである(注11)。
②行為の客観的態様
次に、「②行為の客観的態様」の要件についてであるが、これは、独禁法違反の判断そのものといえ、+α要件にはなりえない。
③取引の安全
独禁法の法目的が、前述のとおり「違反状態の是正」にある以上、独禁法違反か否かを判断するにあたって、取引の安全は考慮されないのが通常であり、+α要件たりうると考えるべきである。
もっとも、取引の安全が問題となるのは、給付が既履行の場合で、給付が未履行の場合に抗弁として無効を主張するような場合には、そもそも第三者の取引安全を考慮する必要がない。
なお、不正競争行為と取引安全との関係の調整を図った立法例としては、不正競争防止法第19条第5項があり、携帯模倣商品を善意無重過失で譲り受けた者は、その者がさらに転売等をしても差止請求や損害賠償請求はできない、と定めている。これは、不正競争行為により損害を受けた者の利益よりも、取引の動的安全の利益を優先した趣旨の規定ととらえることが出来よう。
(7)「+α要件」とは何か
以上整理すると、結局のところ、「+α要件」とは、「当事者に独禁法違反行為を行う主観的意図、目的があること」と、「取引の動的安全の保護を考慮する必要がないこと」の2つだということができる。
民法90条の公序良俗違反=独禁法違反+α
①当事者の主観的態様 ↑ 独禁法違反の判断にあたり通常主観面は考慮されないため、+α要件たり得る | ②行為の客観的態様 ↑ いわば、独禁法違反そのものであり、+α要件たり得ず | ③取引の安全 ↑ 独禁法違反の判断にあたり取引安全は考慮されないため、+α要件たり得る |
4 各論
ここまで総論を見てきたが、以下では、各論として(1)競争停止、(2)他者排除、(3)搾取の類型ごとに、昭和、平成、令和の裁判例を概観するとともに、当該事案が、果たして上記「+α要件」を充たしていると評価できるかどうかについても、検討していきたい。
(1)競争停止類型
①水平的行為
ア)昭和以前の判例
水平的な競争停止の類型について、昭和以降の判例、下級審裁判例を振り返ってみると、事案としては、公共入札談合の事案に関する判断が蓄積していることがわかる。
まず、大審院大正5年6月29日判決(民録22・1294)は、条例の規定(市制144条)が請負について競争入札に付すべきことを定めているにもかかわらず、廃棄物運搬請負の競争入札に際して、入札者が競争をさけるために、高価に見積もり落札した者が落札しなかった他の入札者に落札によって得た利益を分配する旨が契約で定められた、という事案である(冒頭の設例イの事案)。
この事案で大審院は、市制144条は市の利益保護を目的とする公益規定であるとした上で、事業者間で利益の分配を約した本件契約は、「前記法条ノ精神ニ反シ自由競争ヲ杜絶スルコトヲ目的トスル」として、公序良俗に反し無効であるとした。
昭和に入り、大審院昭和16年2月25日新聞 4673号7頁)では、競売法に従った株式に対する金銭執行としてなされた競売における談合において、談合金を配分する談合契約は無効としつつも、競売そのものは無効にならないとした。すなわち、この判例は、談合合意とそれに基づいて行われた個別の競売とを分け、前者は無効であるものの、後者は無効ではないと判断した点で注目される。後者を無効としなかったのは、取引安全への配慮があったものと思われる。
イ)平成の裁判例
ところが、時代も60年近く経過し、平成に入ると、様相が変わっていく。東京高判平成13年2月8日判時742号96頁、および、東京地判平成23年6月23日判時2129号46頁といった裁判例においては、受注調整行為は当然無効だが、そこから生じた個別の売買契約も無効とするに至った。この2つの裁判例に限らず、平成以降の裁判例の多くが、受注調整行為だけでなく、それと密接不可分な関係にある個別の売買契約も無効としている。とりわけ、談合が関連する不当利得返還訴訟においては、独禁法違反行為が認定される限り、おそらくはほぼ例外なく、談合合意や受注調整行為だけでなく、その後の売買契約も無効(いわゆる絶対的無効)との結論が出されている。
東京高判平成13年2月8日判時742号96頁では、「入札を有効とすると、国民全体が不利益を受けるのである。したがって、入札制度の趣旨それ自体からみて、このような談合に基づく入札は当然無効であり、これを契約の申込みであるとしてなされる契約も、その公序良俗違反性を別途検討するまでもなく、当然に無効であるといわねばならない。」としている。これは取引の動的安全を犠牲にしてでも、談合に基づく入札を無効とすることによる利益(独禁法1条が定める「一般消費者の利益」)を優先した趣旨と思われる。
さらに、東京地判平成23年6月23日判時2129号46頁は、「本件売買契約は本件受注調整行為によって競争を消滅させた後に、本件受注調整会社が当該行為から具体的な利益を得るための手段として行われたことからすると、本件売買契約と本件受注調整行為は密接不可分な関係にあり、本件売買契約を無効にしなければ、上記独禁法の趣旨は没却されると言わざるを得ない。したがって、本件売買契約は公序良俗に反し無効である」とした。後続する売買契約まで含め、全体的に無効とする理由付けとして、「その後の売買契約は、受注調整行為から具体的な利益を売るための手段であること」だということを明確にしている
ウ)分析
これらの裁判例の事案は、先ほどみた「+α要件」を充たしていると評価できるだろうか。この点、当事者の主観的態様においても、発注者側の信頼を裏切るという意図・目的は明らかであり、また、取引の動的安全を犠牲にしてでも、関連する取引全体を無効とすることにより、経済的公序を維持する必要性が高いという利益衡量判断が必要であった事案といえよう。したがって、いずれも「+α要件」は充足していたと解するのが妥当である。
②垂直的行為
ア)裁判例
垂直的な競争停止の事案では、再販売価格の拘束を意図した契約の解除を公序良俗に反するものとして無効とした神戸地裁平成14年9月17日判決審決集49号・766頁・裁判所PDF(マックスファクター事件)を取り上げる。
この事案は、化粧品卸販売業者が、小売業者との特約店契約について約定解除権(相当の予告期間を設けた解約または更新拒絶による契約終了)を行使したというもの冒頭の設例ロの事案)である。これについて裁判所は、中途解約の目的が小売業者における商品の値引販売を阻止することにあったと認定したうえで、「本件解約は小売店による商品の値引販売を阻止するのみならず、一般的に商品の値引販売を委縮させて、その再販売価格を不当に拘束するという結果をもたらし、公正な競争を阻害するおそれがあるから、独占禁止法の趣旨に照らし、公序良俗に反するというべきである。したがって、本件解約は、(中略)無効というべきである。」と判示した。
イ)分析
この裁判例の事案は、先ほどみた「+α要件」を充たしていると評価できるだろうか。この点、本件卸売業者の再販売価格拘束の意図・目的は明らかであり、また、契約解除を無効とするものであり、取引の安全は考慮する必要が無い事案であった。したがって、いずれも「+α要件」は充足していたと解するのが妥当である。
(2)他者排除類型
ここでは、他者排除的な効果を有するようにみえる契約条項が争われた昭和、平成の事案を一つずつ紹介したい。
①高松高判昭和61年4月8日判タ629号179頁(奥道後温泉バス路線事件)
ア)事案の概要と判旨
本事案は、鉄道会社とバス会社との間で、バス事業に関する協定が存在し、この協定の効力によりバス会社が排除される場合に、協定の無効(公序良俗違反)が争われた事件である。XがYとの協定により、Yのバス運送事業を一部区間に限定することにより、Yによる他区間でのバス運送事業をできなくなるようにしたという事案(冒頭の設例ハの事案)で、高松高裁は、次のように判示した。
「協定に基づき、右路線における限定免許から無限定の乗合自動車事業へのYの進出を妨げる行為は、(中略)独占禁止法3条で禁止されている私的独占に当たる」、
「本件は(中略)協定当事者であるXとY間のみの問題で、その間に第三者が介在せず、取引の安全を考慮する必要がないから、原協定の約定は、無効と認めるのが相当」。
イ)分析
本事案は、「+α要件」を充たしているといえるだろうか。この点、1)当事者の主観的態様においても、XがYを排除しようとしていた目的、意図は明らかな事案といえる(Xは当初からYによる新規参入に反対し、地元政財界等に働きかけていた事実がある)。また、2)裁判例も指摘しているとおり、本件は2社間の協定による競争制限であり、第三者は介在しておらず、取引の動的安全に配慮する必要がない事案であった。したがって、「+α要件」は充たしていたと評価できよう。
②大阪地判平成18年4月27日判時1958号155頁(メディオン対サンクス製薬)
ア)事案の概要と判旨
化粧品等の製造販売事業者Xが、Yに対し製造委託契約に基づき、製品αの製造委託をしていたところ、当該契約において製品αについて、契約期間中および契約終了後一定期間において、その類似物を含めXの事前の承諾なく製造できず、またX以外の者に対して販売することもできないという競業避止義務条項を設けていたところ、この競業避止義務条項が拘束条件付取引等に該当し、民法90条違反で無効ではないかと争われた事件である。
大阪地裁は、「独占禁止法19条に違反したとしても、その契約が公序良俗に反するとされるような場合は格別として、同条が強行法規であるからとの理由で直ちに無効と解されるものではない」ところ、本件製品αがXのノウハウの蓄積によるものであり、その製造方法のノウハウやその後の変更改良の際に得られるノウハウを保護するため、Yに対し契約終了後も一定期間類似商品の製造販売を禁止することには合理性があり、独禁法に違反するものではなく、公序良俗に反するものでもない旨判示した。
イ)分析
本件は、前述の高松高判とは逆に、競業避止義務条項が、独禁法に違反しないとされた事案である。(それゆえ、+α要件充足性の検討は割愛する。)平成に入ってから公正取引員会より公表された「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」においても、「当該技術がノウハウに係るものであるため、当該制限以外に当該技術の漏洩又は流用を防止するための手段がない場合には、秘密性を保持するために必要な範囲で」あれば、競業避止義務を課すことも独禁法違反とならないことが多いとされており、また「このことは、契約終了後の制限であっても短期間であれば同様」とされている。平成も後半に入り、民事裁判においてより厳密に独禁法違反の有無が主張・立証されるようになってきたことを示す事案として興味深い。
(3)搾取類型
①「独禁法違反行為の私法上の効力」論の主戦場
最後の類型として、搾取類型(日本の独禁法では「優越的地位の濫用」がこれにあたる)について考えていく。一般的に言って、優越的地位の濫用は特定の取引相手方に対して不利益を負わせるという行為類型であることから、当事者間の権利義務関係が争われる民事訴訟の構造になじみやすいといえる。
そもそも、優越的地位の濫用が争われるケースは、基本的に二当事者間の問題であり、その成立要件である「正常な商慣習に照らして不当に」か否か等の判断において考慮すべき事情は、公序良俗違反の成否等の判断において考慮すべき事情と相当程度重なるものと思われる。そのような判断を経て優越的地位の濫用が肯定される場合には、それでもなお公序良俗等に違反しないとされることは多くはないのではなかろうか(注12)。現に、独禁法違反行為の私法上の効力が争われるケースの多くが、この搾取類型であり、まさに「議論の主戦場」といえよう。以下では、昭和・平成の主要な裁判例を概観するとともに、令和の事案を詳しく見ていくことにしたい(注13)。
②裁判例
ア)畑屋工機事件(名古屋地判昭和49年5月29日判時768号73頁)
自動車整備工具の販売業者が、その販売先たる個人事業者に、「自社以外の業者から仕入れた場合に違約金を支払わせる」旨の違約金条項が90条違反で無効ではないかが争われた事案。名古屋地裁は、違約金条項は優越的地位の濫用にあたり、かつ私法上も効力を有しないと判示した。
イ)岐阜商工信用組合事件(最判昭和52年6月20日民集31巻4号449頁)
被上告人(岐阜商工信用組合)が、いわゆる即時両建預金を条件とする貸付を行ったところ、上告人が、当該金銭消費貸借契約は無効であるとして債務不存在確認を求めた事案。最高裁は、本件は公序良俗違反ではなく契約は無効ではない、と判示した。
ウ)日本機電事件(大阪地判平成元年6月5日判時1331号97頁)
建設工事機材の製造販売業者(原告)が、製造委託先(被告)に対して、競合品取扱禁止・損害金支払条項(「①被告は原告の規格によるものを原告の発注書により製造し、原告に納入するものであって、勝手に製造してはならない。②被告は原告以外に販売または譲渡してはならない。③違反したときは、被告は原告の販売低下の10倍を補償する」)の違反にもとづく損害賠償請求を求めたのに対し、被告が本条項の民法90条違反無効を求めた事案。「自己の取引上の地位が相手方より優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に相手方に不利益となるような取引条件を設定したものとして健全な取引秩序を乱し、かつ、公正な商習慣の育成を阻害するものとして公序に反し、(中略)民法90条により無効となる」と判示した。
エ)フジオフード事件(大阪地判平成22年5月25日判時2092号106頁)
FCおよび直営により飲食店事業を展開する被告から飲食店店舗の内装工事等を継続して請け負っていた設備工事会社の破産管財人が、被告に対し、同社と被告との間における工事請負代金の各減額合意は優越的地位濫用にあたり無効だとして不当利得返還を求めた事案。優越的濫用にあたるかどうかはさておき、私法上は、少なくとも査定額の8割を下回る部分で公序良俗に反し無効と判示した。
オ)齊川商店対セイコーマート販促協力金事件(札幌地判平成31年3月14日金融・商
事判例1567号36頁・裁判所PDF。なお、控訴審は、札幌高判令和2年4月10日(平成31年(ネ)第134号)。)
本件において、米の卸売業者であるX(原告・控訴人)は、北海道を中心にコンビニエンスストアを展開するYら(被告・被控訴人)に対し、米を継続して供給する取引を行っていたところ、YらがXに対して販促協力金および運送費を支払うよう強制したことが、下請法違反や独禁法(優越的地位の濫用)違反にあたり、民法90条の公序良俗に反し無効で、不当利得や共同不法行為に当たると主張した事案。(冒頭の設例二の事案。なお、同原告は同被告に対して、別の訴訟において、「返品」合意が無効だと主張している(返品事件)が、本稿では紹介を割愛する。)
独禁法上重要なのは、原審の札幌地裁の判決である(注14)。札幌地裁は一般論として次のように述べ、優越的地位濫用にあたる行為は民法90条で無効であると明確に述べている。その部分を引用する。
「民法は、私的自治をその基本理念としているところ、同法90条により私人間の合意を無効とすることは、私的自治への介入であるから、同条の適用は、私的自治への過剰な介入とならないよう、慎重に判断されなければならない。例えば、取引においては、一面において不利な条件を提示された当事者が、当該条件を受け入れることを積極的には望まないながらも、当該条件を受け入れることにより総合的には得をすると考えてこれを受け入れることがある。この場合、当該取引当事者は、自己の責任において、自由かつ自主的に取引条件を吟味し、これを受け入れることにしたものであるから、国家による介入の必要性は認められず、それにもかかわらず民法90条を適用することは私的自治への過剰介入となる。」
「これに対して、取引の一方当事者が、暴利行為(相手方の窮迫ないし無知等に乗じて、客観的に著しく対価的均衡を欠く取引条件を強いること)ないし優越的地位の濫用(独禁法2条9項5号参照)に及んだ場合には、民法90条により当該取引条件を無効とすることにより相手方当事者を救済し、健全な取引秩序を回復する必要がある。当該取引条件は、相手方当事者の自由かつ自主的な判断に基づくものではなく、私的自治の前提を欠いているから、これを無効としても私的自治への過剰な介入にはならない。以上から、販促協力金の支払合意が公序良俗に反するとして民法90条により無効とされるためには、同合意が暴利行為ないし優越的地位の濫用に該当することが必要であると解される。」(下線は筆者)
結論として札幌地裁は、本件販促協力金の支払合意がXに予測困難な負担を課すものでは無かったことや、著しく過大な負担を課すものでは無かったことを認定し、Xの請求を棄却しているが、一般論として、独禁法違反=民法90条違反であると明確に述べた。
③分析
これら裁判例は、イ)の最高裁以外は独禁法違反で私法上も無効とされたものであるが、裁判例を+α要件の枠組みで検討するに、いすれも、当事者の主観的態様においても、優越事業者側の搾取の意図・目的は明らかな事案である。また、二者間の取引で第三者は介在しておらず、取引の動的安全に配慮する必要がない事案といえる。したがって、+α要件も充たしており、民法90条違反とした判断は妥当といえよう。
(4)まとめ
平成以降の裁判例の傾向は、下記の通りである。
類型 | 裁判例の傾向 |
---|---|
競争停止 | ・水平的行為のなかでも、公共入札談合は、私法上も民法90 条違反で無効というのがほぼ確定的(取引安全も考慮しない) ・水平的行為のなかでも、価格カルテルについては、無効とした裁判例は見当たらない。 ・垂直的行為についても無効と判断した事例は見当たらない。 |
他者排除 | ・競業避止義務条項が独禁法に違反するか否かについて、正当化事由があるかどうかも含めて民事訴訟で詳細に争われた事例あり。 |
搾取 | 近時の裁判例では、独禁法違反(優越的地位濫用)=民法90条違反で無効、という傾向が固まりつつある。 |
5 裁判の際の留意点
民法90条の「公序良俗違反」は、いわゆる規範的要件であり、裁判においてこれが争われる場合、評価根拠事実や評価障害事実が主張・立証されることになる。例えば、下記のような事実を主張・立証することが考えられるのではなかろうか(注15)。
評価根拠事実 | 評価障害事実 | |
---|---|---|
主観的 態様 | 当事者の行為が強い競争制限(競争停止、他者排除、搾取)の目的・意図に基づいたものであることを示す事実 | 当事者の行為の意図が、正当なもの(不適格な事業者・商品役務の排除、知的創作や努力のためのインセンティブ確保、公共性等)であることを示す事実 |
取引安全 | 無効により影響を受ける第三者が、当事者の独禁法違反の意図・目的について悪意ないし重過失であることを示す事実 | ・当該取引の動的安全を犠牲にすると法的安定性を著しく損なうことを示す事実 ・無効により影響を受ける第三者が、当事者の独禁法違反の意図・目的について善意無重過失であることを示す事実 |
6 企業法務における留意点(とくに契約書の起案・審査において)
企業の法務部門においては、各種の契約書を起案したり、審査したりする業務が、日常的に行われている。その際、独禁法に違反する契約条項を起案すべきではないし、また独禁法違反の恐れのある契約条項があれば、相手方に修正を要求すべきであろう(注16)。以下、違反行為の類型ごとに検討する。
(1)競争停止類型
前述の入札談合の事案では、入札談合の合意のみならず、これに基づく個別契約の効力も否定されている(取引の動的安全は保護されない)。そのため、契約担当者は特に注意が必要である。
(2)他者排除類型
製造委託契約や共同研究開発契約、フランチャイズ契約、M&A契約など、一定の類型の取引契約書では、本稿でも紹介した競業避止義務や、本稿では紹介できなかった非係争条項など、他者排除効果があるとみられるような条項が定められていることが多い。そして、これら条項は訴訟においてもその有効性が(独禁法違反か否かも含め)争われている。企業法務担当者としても、これら条項を検討する際は、本稿で紹介したものを含めた過去の裁判例や、公正取引委員会の各種指針(前述した知的財産ガイドラインもその一つ)を参考に、独禁法違反の評価根拠事実や評価障害事実に該当しそうな事実を丁寧に拾い上げるよう留意すべきである。
たとえば、条項の内容・態様や両当事者の市場における地位(シェア、順位等)、市場の状況、制限期間、正当化事由(ノウハウ保護、投資インセンティブの確保など)が、評価根拠事実・評価障害事実として考えられる。
(3)搾取類型
優越的地位の濫用にあたる契約条項(たとえば、相手方に過度な不利益を課すような返品条項や協賛金条項など)は無効ということで、近時の裁判例は固まりつつある。これについても、企業法務担当者は、過去の裁判例や公正取引委員会の優越的地位濫用ガイドラインなどを参考に、評価根拠事実や評価障害事実を丁寧に拾い上げ、契約書の起案や審査をすべきであろう。
たとえば、優越的地位の認定の根拠となるような①劣位事業者の優越事業者に対する取引依存度、②優越事業者の市場における地位、③劣位事業者にとっての取引先変更の可能性などのほか、不利益行為の認定の根拠となるような④あらかじめ計算できない不利益性を示す事実や⑤過度な不利益性を示す事実、また⑥これらの例外事由といった事実が、評価根拠事実・評価障害事実となると思われる。
7 令和の時代における競争法的価値の私法への浸透
そもそも、先に紹介した札幌地裁判決のように「独禁法違反=私法上も無効」と考えることができれば、「+α要件」などというものを考えなくてよく、法解釈としても簡明である(注17)。このような簡明な考え方が受け入れられるかどうかは、独禁法が掲げる理念やルールが、民法90 条にいう「公の秩序」にまで高まったといえるかどうかにかかっている。
それでは、令和時代の私法(民商法、会社法など)の領域において、「公正かつ自由な競争の促進」といった価値観が、どの程度普及しているのであろうか。法解釈の議論とは少し離れるが、この点について考えていきたい。
(1)民法
令和2年4月1日施行の新債権法では、新たに「契約自由の原則」が明文化された。すなわち、民法521条は(契約の締結及び内容の自由)として、1項で「何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる」とし、2項で、「契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる」と定めている。それでは、ここでいう「法令」には、独禁法は含まれるのであろうか。
この点、改正の審議の過程では、独禁法が掲げる公正取引の理念が契約自由の原則の制約原理となりうるのではないか、との議論がなされている。たとえば、「契約自由の原則を明文化するのであれば、同時にこれと併せて、この契約自由の原則の制約と申しましょうか、あるいは場合によっては契約正義の観念と言ってもよいかもしれませんが、その自由に限界があるということについても,規定を設けることが必要なのではないかと思います。(中略)その中でもヨーロッパ契約法原則の1:102条の第1項のただし書の規定(筆者注:ヨーロッパ契約法原則1:102条は、「契約の自由」として「(1)当事者は,自由に契約を締結し,その内容を決定することができる。ただし、信義誠実および公正取引、ならびに本原則の定める強行規定に従わねばならない」と定める)が一つの参考になるかもしれません」(注18)といった議論である。ただ、日本の契約法において、これが明文化されるには至らなかった。
(2)会社法
会社法の領域においても、企業買収(M&A)における「買う競争」の文脈の中で、「公正なM&A」が、指針として示されるに至っている。(経済産業省令和元年6月28日「公正なM&Aの在り方に関する指針-企業価値の向上と株主利益の確保に向けてー」)同指針の37頁は、「例えば、買収者が対象会社との間で、対抗提案者との接触等を一切禁止するような取引保護条項を合意することは過度の制限であると考えられる」としている。
ここで、取引保護条項とは、一般に、M&A取引に際して第三者による横取りのリスクから取引を保護し、取引の実現可能性を高めるために合意される措置に関する条項をいう(注19)。取引保護条項が締結されることにより、相手会社または対象会社は特定の相手方と当該M&A取引を実施できる可能性が高まるが、それ以降の競合する買収者の提案がなされにくくなる、または検討自体を妨げてしまうといった、競争制限的なデメリットもある(注20)。
したがって、取引保護条項は、競争法の理念とは緊張関係にあるため、無効になる場合もあり得るように思われる。言い換えれば、「取引保護条項というM&Aの契約条項は、企業支配権市場における公正競争の理念に反しており、公序良俗違反として無効である」ということになるのではなかろうか。
8 おわりに
令和の時代に企業法務の現場にいる者の実感として、競争法および競争法が担っている価値は、企業において昭和・平成の時代とは比べものにならないほど高まっていると感じている。あらゆるビジネスパーソンが、当然のリテラシーとして競争法の理念を身につけ、ビジネスを通じて世の中に裨益していくことで、競争法は、我が国においても当然のように「公序」となるはずである。そんな時代は、すぐそこまで来ている。
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(注1)独禁法の違反類型ごとに民事訴訟における主張立証方法を詳細に論じたものとして、長澤哲也・多田敏明編著「類型別独禁民事訴訟の実務」(2021年、有斐閣)を参照。
(注2)なお、法律行為が公序良俗に違反し無効である場合、契約全体が無効となるのか、一部のみ無効となるのか、という問題がある。無効とされる契約条項とその他条項が不可分の関係にある場合は全体が無効とされ、不可分とは評価できない場合には当該公序良俗違反部分のみを無効とする(一部無効)とし、慣習・任意規定・条理などで補充して契約を維持するというのが通説のようである。(四宮和夫・能見善久「民法総則(第9版)」(2018年、弘文堂)324頁
(注3)我妻栄「新訂民法総則」264頁(1964年、有斐閣)
(注4)大村敦史「取引と公序-法令違反行為効力論の再検討(上)(下)」(ジュリスト1023号82頁、1024号66頁)
(注5)根岸哲編「注釈独占禁止法」(2009年、有斐閣)108頁(川濱昇)
(注6)村上政博監修「独占禁止法と損害賠償・差止請求」(2018年、中央経済社)690頁(村上政博)
(注7)白石忠志「独占禁止法(第3版)」(2016年、有斐閣)720頁
(注8)村上政博他編「条解独占禁止法」(2014年、弘文堂)640頁(中野雄介・鈴木悠子)
(注9)森田修「『独占禁止法違反行為の私法上の効力』試論~独禁法による民法の<支援>~」(日本経済法学会年報19号99頁)
(注10)古川博一「単独行為者の排他行為における行為者の主観的意図と独禁法違反の成否」(公正取引631号63頁~72頁)も参照。
(注11)なお、法律行為そのものには公序良俗違反はなく、その目的・動機に公序良俗違反があるにすぎない場合でも、判例は限定的にではあるものの法律行為の無効を認めている(最判昭和36年4月27日民集15巻4号901頁)。このように判例は、公序良俗違反の有無を判断する場合、当然のように当事者の主観的態様を考慮しているようにみえる。
(注12)秋吉信彦「民事訴訟における優越的地位の濫用」(ジュリスト1442号56頁)
(注13)本稿では紹介していないが、フランチャイズ契約における本部と加盟店との間の取引において、優越的地位の濫用を根拠に契約条項の無効が争われた事案も多数存在している。(若松亮「不公正な取引方法と企業間の取引形態」判例タイムス1403号57頁)
(注14)なお、控訴審では「一般に、独禁法や下請法の規定に違反する契約は当然に私法上無効とされるものではなく、直ちに公序良俗と評価されるものではない(最高裁昭和52年6月20日第二小法廷判決・民集31巻4号449頁参照)し、これらの規定に違反する行為が直ちに不法行為に該当すると評価されるものでもないと解される」としており、原審とは異なる考え方を示したようにも読める。ただ、優越的地位の濫用に該当せず下請法違反もなく、民法90条に違反するものでもないという結論であったため、本件控訴審が独禁法違反と契約の効力の関係について改めて考え方を示したという意味合いは乏しく、控訴審と原審とで異なる考え方がとられたと見るべきではないと思われる(ジュリスト1561号7頁(本件控訴審判決の木村和也評釈)を参照)。
(注15)違反類型ごとの詳細の要証事実については、前掲(注1)長澤・多田を参照
(注16)企業の法務部門における取引契約書等の審査にあたって、「もっともプリミティブな機能」の一つは、「強行法規・取締法規・公序良俗違反の発見と回避」であると指摘するものとして、柏木昇「契約締結前の法律プラクティスとしての予防法学(上)」(NBL242号37頁以下)を参照。
(注17)なお、EU機能条約(TFEU)101条2項においては、競争法違反の共同行為を定めた契約条項は、私法上も「自動的に無効」(shall be automatically void)であると定めている。比較法的にみても、各国の競争法典のなかで、その法典の規定に違反する契約が無効であり、裁判所でその契約を根拠に主張をしても認められないとする法典が多い。(デビッド・ガーバー(白石忠志訳)「競争法ガイド」(2021年、東京大学出版会)38頁)
(注18)鹿野菜穂子幹事の発言(法制審議会民法(債権関係)部会第9回会議議事録3頁)
(注19)久保田修平「企業買収の基本合意中の協議禁止条項の効力」(田中亘ほか編「論究会社法」(2020年、有斐閣)301頁)
(注20)手塚裕之「M&A契約における独占権付与とその限界」(商事法務1708号18頁)