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令和を展望する独禁法の道標5 第7回「不当な取引制限における『意思の連絡』の外延」
武井祐生
(弁護士法人御堂筋法律事務所 弁護士)
※この論稿は、BUSINESS LAWYERS(弁護士ドットコム株式会社)のウェブサイトに掲載の同名論稿のロングバージョンです。コンパクト版をBUSINESS LAWYERS(https://www.businesslawyers.jp/articles/992)でご覧いただけます。「令和を展望する独禁法の道標5」は、雑誌Business Law Journal(レクシスネクシス・ジャパン株式会社)2020年9月号(No.150)~2021年2月号(No.155)に第1回から第6回が連載され、第7回以降はBUSINESS LAWYERSに掲載されています。
1 はじめに
企業にとって、独占禁止法を含む競争法コンプライアンス体制の確立は今や最優先の経営課題の一つとなっているが、中でも、不当な取引制限のうちのカルテルや談合等のハードコアカルテル規制への対応は、認定された場合のペナルティその他の不利益の甚大さ故、企業が最も関心を持って力を入れている分野だと思われる。企業は、平時には、営業担当者等に対して、競合他社との接触や情報交換等について許される場合と許されない場合のラインを明確に示しこれを啓蒙するとともに、有事の際には、被疑事実が不当な取引制限に該当するかどうかを見極めてリニエンシーの要否を検討することとなるため、いかなる行為が不当な取引制限に該当するのか、その外延を正確に把握することは極めて重要といえる。
他方で、独占禁止法の定める不当な取引制限の定義は後述のとおり非常にシンプルで抽象的であるため、その要件の解釈と意味の補充が必要となる。中でも、不当な取引制限の中核的要件である「意思の連絡」は、過去の裁判例等の積み上げによる実務上確立された定義・内容があるものの、それ自体が抽象的で曖昧であるため、なおその外延は明確でないように思われる。
【仮想事例】
機械部品Aの市場は、新型ウイルスの感染拡大の影響で需要が大幅に落ち込んでいたが、その後パンデミックの終息に伴い需要は回復基調となり、原材料価格の高騰も相まって市場は需要過多の状況に転じた。かかる市況を背景に各社とも値上げ必至の状況にあったところ、シェア3位のX社の営業担当者Xは、同2位のY社の担当者Yとたまたま客先で顔を合わせ雑談をしていた際に、次のようなやり取りをした。
Y「うちはようやく値上げが決まったけど、お宅はもう決まったの?各社がしないと客先に切り出しづらいよね。」
X「うちはまだですけど、近く決まりそうですよ。」
Xは一応このやりとりを会社に報告し、その後、X社は値上げを決定した。決定後、業界団体の会合でYと再び顔を合わせたXは、「うちもようやく値上げ決まりましたよ。」とYに伝えた。
例えば、この事例において、X社とY社の間に「意思の連絡」は認められるだろうか。お互いに相手が値上げを行うことを期待し合う関係が成立したとも言えそうであるが、他方で相手がどの程度の値上げをするのかは不明であり、競争の余地は相当程度残されている。各社が値上げに出るであろうことは自明という業界の状況にあったことも踏まえると、「実質的」と言える程度の競争制限をもたらす「意思の連絡」が成立したと言えるかには議論の余地があり得るように思われる。
この疑問に明確に答えが出せるほど「意思の連絡」概念の内容ははっきりと確立しているのか、が本稿のテーマであり問題意識である。本稿では、「意思の連絡」の内容と外延について、改めて、昭和及び平成で積み上げられた裁判例・審決例及び学者や実務家の考察等を振り返り、現在の議論の到達点を改めて確認した上で、令和に残された課題等を考察する。
2 「意思の連絡」の要件上の位置づけと機能
まずは、本題の検討に先立ち、「意思の連絡」の要件上の位置付けや意義・機能について整理をしておく。
(1) 共同性の要件とその意義・機能
不当な取引制限は、例示等を読み飛ばせば、「①事業者が、②…他の事業者と共同して、③…相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、④公共の利益に反して、⑤一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」と定義されるところ(独禁法2条6項)、行為要件(①~③の要件)のうちの②の要件(「他の事業者と共同して」)が「意思の連絡」であり、「合意」(注1)などとも呼ばれる。
市場において競争が十分に機能することを阻害する行為には様々なものがあり得るが、独禁法は、そのうち複数の事業者が「共同して」行う行為のみを不当な取引制限として禁止しており、このように単独行為との分水嶺となる共同性の要件が「意思の連絡」要件である。
そして、これこそがまさに「意思の連絡」の意義・機能であり、昭和の早い段階では既に「単に行為の結果が外形上一致した事実があるだけでは未だ十分でなく、進んで行為者間に何等かの意思の連絡が存することを必要とするものと解する」との判示(注2)もなされていたとおり、合法とされるいわゆる「意識的並行行為」(個々の事業者が、他の事業者との連絡や接触なく独自に判断し行動した結果、他の事業者と行動が一致する場合)(注3)との外延を画することが「意思の連絡」の機能といえる。
(2) 「相互拘束」要件との関係
ところで、上述した不当な取引制限の要件のうち③の要件(「相互にその事業活動を拘束」すること)は、一般に「相互拘束」(注4)と呼ばれる。
しかし、「相互拘束」要件は、例えば、「意思の連絡を通じて互いの行動を調整し合う関係が全体として成立していることを指す」(注5)などと説明されるとおり、実務上は、「意思の連絡」によって互いに相手の協調を期待し合う関係があれば認められているのが実情であり、裁判例でも、「意思の連絡」により事業者相互の競争制限行動を予測することが可能であれば「相互拘束」が認められるとして、「意思の連絡」が認められれば「相互拘束」も推定又は認定されるかのような説示を行ったものも存在する(注6)。
このように、少なくとも実務上は、「意思の連絡」が認められれば「相互拘束」も認められる傾向にあるといえ、独自の要件的意義はあまり認められないと考えられる(注7)(但し、「意識的並行行為」との区別という観点を離れれば、①「相互に」の要件に関連して、いわゆる縦のカルテルを不当な取引制限と考えるべきかどうかという論点を巡り、「事業者」の範囲や拘束内容の共通性が議論され〔注8〕、②「拘束」要件に関連して、制裁などの実効性担保措置の要否が論点として議論されてきた〔注9〕。)。
なお、「相互拘束」要件に関しては、多摩談合(新井組)事件(最判平成24・2・20民集66巻2号796頁)が、従来の要件の区分の仕方とは異なり、「他の事業者と共同して…相互に」/「その事業活動を拘束し」という区分をしたことから、要件設定の変更をなしたものかどうか等が議論(注10)されたが、結論として、実務上はこの議論にあまり実益はないように思われるため、脚注での紹介にとどめる。
3 「意思の連絡」の定義と内容
前述のとおり、「意思の連絡」は法文上に定義はなく、解釈によって意味を補充しなければならない。これまでに積み上げられた裁判例・審決例を振り返り、現在確立されている考え方を確認する。
(1) 定義
昭和の時代には「意思の連絡」の定義や内容について定説に近い考え方を示した裁判例・審決例はなく、平成に入ってから、リーディングケースといわれる東芝ケミカル差戻審事件(東京高判平成7・9・25判タ906号136頁)において、「意思の連絡」とは、「複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し、これと歩調をそろえる意思があることを意味し、一方の対価引上げを他方が単に認識、認容するのみでは足りないが、事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りる」との考え方が示された。
同事件は価格カルテルの事案であったが、その後、入札談合事案である郵便区分機談合事件(東京高判平成20・12・19審決集55巻974頁)において、上記判断基準が一般的な基準として入札談合事案にも適用されることが明らかにされ(注11)、その後の前掲多摩談合(新井組)事件でも同様の考え方が示されており、現在、少なくとも実務では「意思の連絡」の定義として確立しているといってよいと思われる。カルテルや談合といった行為類型に関する部分を捨象し一般化すれば、「一定の行動を互いに認識し認容して歩調を合わせる意思があること」と定義付けることができ、協調的行動をとることを相互に期待し合う関係と言い換えることもできるであろう。
(2) 内容
また、その内容については、明示の合意は必要なく暗黙の合意で足り(注12)、参加した事業者の範囲を具体的に認識することまでは要しない(注13)、不遵守に対する制裁は不要(注14)、間接的な連絡による意思の連絡も成立する(ハブアンドスポーク型カルテル)、不当な取引制限の成立には「意思の連絡」が成立すれば足り実行は不要(注15)といった点は、過去の裁判例等に基づき実務上定着しているといえる。立証に関しても、競争の実質的制限をもたらし得るような内容が認定できればよく、それ以上に具体的な内容(ルール等)まで立証する必要はない(注16)。現に「意思の連絡」が存在することが立証されれば十分で、いつ、どこで、どのように成立したのかといった経緯や動機・目的等(「意思の連絡」の成立)に関する立証は必要ない(注17)等の考え方は実務上確立していると思われる。
4 「意思の連絡」の外延の検討
以上が昭和及び平成を経た「意思の連絡」に関する考え方の現在の到達点といえるが、個別の事案において答えを導き出せる程に明快かというと疑問であり、なお不明瞭であるように思われる。そもそも、リーディングケースとなった東芝ケミカル事件も、同様の定義を示した多摩談合(新井組)事件も、いずれも競争に実質的な影響を及ぼし得る一定の取り決めの存在自体は前提とされていた事案であり、これらの判決がどれだけ限界事例を意識して前記判示を行ったのかは不明と言わざるを得ない。外延を画する判断基準を明確化するには、「意思の連絡」に必須の要素とは何かをもう少し具体的に明確化する必要があると思われる。
(1) 相互性、拘束性
まず、意識的並行行為との区別が「意思の連絡」の機能である以上当然であるが、一方的な認識・認容では足りず、相互に相手の行動を認識・認容していること(相互性)が必要である。
また、相互性の内容として、あるいは拘束性という別個の要素と捉えることも可能だと思われるが、相手が「歩調を合わせる」ことを期待し合う関係である必要があるため、相手が一定の行動をとることを条件に自らも協調した行動をとるという程度に拘束されている状態が必要であると考えられる。「相互拘束」における拘束と同じく、拘束の程度としては、不遵守の場合の制裁など実効性を担保する措置までは必要なく、事実上のもので足りるが、他の当事者が相互に認識・認容した行動をとらなくても、自らは当該行動をとったであろうと認められる事情が存する場合には、かかる相互性又は拘束性の要素を欠き、「意思の連絡」は認められないことになる(注18)。
なお、これらの要素は、「相互拘束」要件独自の要素として捉えることも可能だと思われる(法文上はむしろそのように解する方が自然にも思える)が、前述のとおり「相互拘束」とは「意思の連絡」により相互に相手の協調を期待し合う関係が成立している状態を指すという考え方が主流であることを踏まえると、「意思の連絡」の内容として読み込まれるべきであろう。
(2) 何らかの人為的な営為(コミュニケーション)の存在
次に、事業者がそれぞれ独自に判断した結果がたまたま一致したという意識的並行行為と区別するためには、結果の一致が人為的な営為によってもたらされたものであることが必要である。米国では「コミュニケーション」、EUでは「コンタクト」概念として議論されてきたものであり(注19)、日本でも学説では相互の認識・認容をもたらす「特定の状況」あるいは「行為」ないし「営為」が重要であると指摘されてきたところである(注20)。非難に値する何らかの行為を求める趣旨でもあり、不当な取引制限の違法性を基礎づける所以とも言い得る。
(3) 競争に与える影響の程度(認識の具体性の程度)
最後に、不当な取引制限の禁止は、市場における競争を阻害する行為を禁止し、もって市場メカニズムを十分に発揮・機能させることにその目的がある以上、「意思の連絡」により共有される認識の内容(交換される情報の内容)が、反競争的な効果をもたらし得るものである必要がある。それ自体に異論はないと思われるが、問題は、どの程度競争に影響を及ぼすものである必要があるのか、である(あるいは、どの程度具体的な認識を共有する必要があるのか、とも言い換えられる。)。
この点については、一方で、影響の程度を問題とせず、ほんの少しでも競争を減じ得る内容であれば足りるとする見解(注21)があり、公取委は基本的にかかる見解に立って執行をしているものと思われる。かかる見解に立てば、共有された認識(交換される情報の内容)の具体性は問題ではないこととなり、冒頭の仮想事例でいえば、X社とY社が「値上げを行う」との認識を共有しているため、「意思の連絡」ありとの帰結に至る。X社とY社は、値上げ幅や実施時期等について一切共通認識はないため、その範囲で競争は残るが、少なくとも「値上げを行わない」との選択肢が消えている点で競争は減じられたものとして、「意思の連絡」は充足されると説明するわけである。しかし、そうすると、仮想事例のように、各社とも値上げ必至の市況にありX社も既に値上げの検討段階にあったというような事情が存するケースでは、X社はY社の情報がなくとも値上げを実施していた(少なくとも、値下げして他社のシェアを奪うような行動には出なかった)はずであり、競争は減じられていないのではないかとの疑問が湧くが、これに対しては、お互いに値上げの意向があることを認識していない場合に比べて安心して値上げをすることができるので、競争の機能が制限されていると説明される(注22)。
しかしながら、「安心して値上げできる」という程度の影響で「意思の連絡」を認めてよいのかは疑問が残る。値上げの内容(幅、時期等)で各社が熾烈に競争しシェアを奪い合っているという場合に、競争を減じたとして「意思の連絡」を認めるのは妥当であろうか。上記見解に立てば、極論を言うと、値上げカルテルのケースでは、「意思の連絡」の内容を「値上げをする合意」と最大限抽象化しておけば、もはやそれ以上に具体的にどのような認識が共有されていたのかを公取委は明らかにする必要がないことになるが、それは不合理に感じられる(その意味では、この問題はどこまで「意思の連絡」の抽象化が許されるか、という問題ともいえる。)。
前述のとおり、現在の実務では「意思の連絡」が認定されれば、残る行為要件である相互拘束は認定され、さらに効果要件についても、前提となる一定の取引分野は当該合意の範囲ということで自動的に画定され、価格カルテルや談合のようなハードコアカルテルについては、当然違法(Per Se Illegal)の考え方のもと、競争の実質的制限もまた難なく認定されるという運用が原則的にはなされており、要するに、「意思の連絡」さえ認定されれば、不当な取引制限がほぼ認められるのが実務の実態といっても過言ではない。不当な取引制限が認定された場合に事業者に課されるペナルティその他の不利益が甚大であることに鑑みれば、「意思の連絡」の存否を判断するにあたっては、それ相応の内実を備えたもののみを抽出できるよう、事業者にとっての実質的なリスク(=不確実性)を相応に低減することができるだけの認識の共有を求めるべきではなかろうか(注23)。
なお、拘束の内容が具体的である必要はないとの文脈で、しばしば前掲の元詰種子カルテル事件が引用されるが、同件では基準価格という目安があった以上、実質的な不確実性の低減があったと言い得る事案であると考えられる。
(4) 具体的事例
上記問題意識に関連して、アルミ電解コンデンサ等価格カルテル事件(東京地判平成31・3・28 審決集65巻301頁)と段ボール用でん粉価格カルテル事件(公取委審判審決令和1・9・30審決集66巻1頁)、2つの事例を取り上げたい(事案概要や判旨等については図表1参照)。
アルミ電解コンデンサ等価格カルテル事件 | 段ボール用でん粉価格カルテル事件 | |
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裁判/審決年月日 | 東京地判平成31・3・28 | 公取委審判審決令和1・9・30 |
事案の概要 | ・平成21年6月、原告X1を除く主要なアルミ電解コンデンサメーカーが参加する甲会で、原告X2やシェア1位のK等は、需要が回復し始め、一部製品で需要が供給能力を上回る状況となったこと等を情報交換。 ・ 翌7月頃、原告X2は、不採算品を中心にアルミ電解コンデンサの値上げを決定し申入れを開始、その情報を甲会で共有。 ・ 平成21年9月頃、Kは、アルミ電解コンデンサの値上げを社内指示。 ・ 同月頃、Kの担当者は原告X1の担当者に、Kが値上げを行う方針であると伝え、同調するよう求めたが、原告X1の担当者は、トップから指示が出るまで値上げはできないと回答。その後も、Kと原告X2は、甲会等で情報交換を行い、値上げを実現すべきことを確認し合うなどしつつ、原告X1の担当者に値上げをしないのかを繰り返し確認。 ・ 平成22年2月、原告X1は値上げを決定。その後、原告X1の担当者は、K担当者に値上げ指示があったことを連絡。Kは、その情報を原告X2にも共有。 | ・被審人X1を含む段ボール用でん粉(コーンスターチ)メーカー8社は、会合等により、原料であるとうもろこしのシカゴ相場が上昇すると値上げの幅等を話し合うなど協調してきた。 ・平成21年10月頃、被審人X1は、安値納入で他社の取引を奪ったことで同社と関係悪化。 ・平成22年11月、当該他社は、各社による会合(本件会合)を開催したが、被審人X1は呼ばなかった。 ・本件会合では、コーンスターチの価格を引き上げること、需要者渡し価格の引上げ額を1kg当たり10円以上とすること、実施時期は遅くとも平成23年1月1日納入分からとすること、値上げ交渉の状況等につき報告し合うことが取決められた。 ・被審人X1は、本件会合の3日後、本件会合に出席したNSと会食(本件会食)、とうもろこしのシカゴ相場上昇に伴い値上げの必要があり、各社とも値上げすると言っていることを伝えられ、また自らも値上げする意向であることを伝えた。 ・被審人X1以外の7社の値上げの申入れは、時期や値上げ幅等は概ね一致。被審人X1も、概ね同様の時期に、同様の内容で値上げの申入れを行った。 |
公取委/審査官の主張した「意思の連絡」の内容 | アルミ電解コンデンサの販売価格を共同して引き上げる旨の合意 | とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて、段ボール用でん粉の需要者渡し価格を共同して引き上げる旨の合意 |
判旨/審決要旨 | ・ たしかに、公取委が本件アルミ合意の内容として主張する「アルミ電解コンデンサの販売価格を共同して引き上げること」は、極めて抽象的であって、それのみで直ちに「意思の連絡」に該当するといえるかについては、疑問がないわけではない。 ・アルミ4社は、このような内容の合意をすれば、本件アルミ合意の時点で具体的な販売価格の引上げの時期、対象製品や値上げ幅等を合意しなくても、各社が需要者等に対し販売価格の引上げを申入れて交渉する際、自らが突出した販売価格を提示したり、他社が当該需要者等に対して低い販売価格を提示して価格交渉を妨害したりすることはないと信頼することができ、競争事業者に取引を奪われるおそれを減少させることができるから、このような合意は、市場の競争制限効果をもたらす合意であるということができ、「意思の連絡」に該当するというべきである。 | ・NSの担当者は、被審人X1の担当者に対し、本件会合において6社の担当者の間で1次値上げにおける段ボール用でん粉の価格の引上げ額等について意見が一致したことはもとより、平成22年11月5日に6社が本件会合を開催したという事実すら知らせなかったというのである。そうすると、…被審人X1の担当者が、本件会食におけるNSの担当者の言動その他から、本件会合において6社の担当者の間で、段ボール用でんぷんの需要者渡し価格の引上げ額については1キログラム当たり10円以上とし、実施時期については遅くとも平成23年1月1日納入分から実施することで意見が一致していたことを認識したとまで認めるに足りないといわざるを得ず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 |
前者の裁判例は仮想事例に近い事案であり、まさに前述した少しでも競争が減少すれば「意思の連絡」を充たすとの見解に立った主張が公取委から展開されている。合計市場シェアが50%を超える2社が既に値上げを行っている状況にあり、かつ値上げ必至の市場状況等を踏まえたときに、後追いで値上げをする事業者にとって値上げをするという情報にどれほどの価値があるのかは疑問である。裁判所も「極めて抽象的であって、それのみで直ちに『意思の連絡』に該当するといえるかについては、疑問がないわけではない。」と判示しているところである。
他方、後者の審決例では、最終的に被審人X1による「意思の連絡」への参加が否定されているが、その理由は他の当事者間で共有されていた具体的な値上げ内容についてX1が認識していたとまでは認められないというものである。しかし、同件で審判官が認定している「意思の連絡」は上記裁判例と同様に「価格を共同して引き上げる旨の合意」という極めて抽象的なものであって、X1も値上げするという抽象化されたレベルでの認識は他社と共有していたことが認定されている以上、上記裁判例のロジックを前提にすれば、抽象化されたレベルでの「意思の連絡」への参加は認定が可能であったように思える。
もちろん、事後的な情報交換の態様等の事情が結論に影響している可能性はあり、単純比較はできないが、結論の対比のみを取り上げれば公取委の執行が一貫していないようにも思えるところである。
5 課題と今後の展望
「意思の連絡」が成立するための必須要素として前述した3要素のうち前2要素については、昭和及び平成を通して必要な要素であるとの共通理解が確立されているものと思われるが、3つ目の要素については、以上に説明したとおり、事業者の予測可能性を確保できるほど十分に定式化されているとはいえないのが現状である。執行サイドの考え方としては前述した内容で確立されているのかもしれないが、前述のとおり、その考え方自体の妥当性について議論の余地があると思われ、また、実際の運用としても一貫性があるかという疑問が残る。
これこそがまさに令和の残された課題であると考えられる。公取委は、引き続き、少しでも不確実性が低減するといえれば、その程度は問わないという立場を維持すると思われるが、その考え方を徹底すると結論において妥当とは言い難い事案が集積されれば、議論が進展する可能性はある。
6 おわりに
事業者にとっては関心の高い不当な取引制限について、実質的に唯一の要件とも言い得る「意思の連絡」を取り上げて、従前の議論を振り返り整理した。語り尽くされたテーマではあるが、日々実際の事例に携わっていると疑問が湧くことも多く、なお議論の余地は残されているように思い取り上げた次第である。
「意思の連絡」については、本稿では触れなかったが、今後はAI技術の進展に伴うデジタルカルテルなど、新たな問題との関係で改めてその内容等が議論される可能性も高い。クリアな解釈と執行によって事業者が予測可能性をもって活動を行えるよう、今後の議論に期待したい。
(注1)もっとも、「意思の連絡」は、条文にも明記されているとおり、契約や協定等によりなされる必要はなく、また黙示のものでも足りるとされており、後述のとおり、互いに一定の行動を期待しあう関係が存在していれば認定され得るため、取引関係実務で想起される「合意」よりも広い概念であることは、企業担当者として留意が必要である。
(注2)湯浅木材等合板談合事件-公取委審判審決昭和24・8・30審決集1巻62頁
(注3)意識的並行行為は、「高度寡占市場等において協調が最終的に利益になると独自に判断して競争業者と一致した価格設定等の企業行動をとる事業者の意識的行為」(多田敏明「実務家から見た不当な取引制限の論点」日本経済法学会年報37号76頁)、「個々の事業者が、自らの行動に対する競争事業者の反応を考慮に入れて独自に判断して行動する結果、行動の一致がもたらされる場合」(金井貴嗣・川濱昇・泉水文雄編「独占禁止法(第6版)」〔宮井雅明〕)、「事業者間に連絡・接触といった人為的行為が何ら存在しない」もの(武田邦宣「不当な取引制限における意思の連絡要件」日本経済法学会年報37号)などと説明される。
(注4)他方、「その事業活動を…遂行すること」は「共同遂行」と呼ばれるが、同要件については、東宝・新東宝事件(東京高判昭和28・12・7高民集6巻13号868頁)以降、「相互拘束」と切り離した独自の意義を見出さない解釈が実務上定着している。
(注5)金井貴嗣・川濱昇・泉水文雄編「独占禁止法(第6版)」47頁〔宮井雅明〕。このほか、「相互に」は「要件事実としては複数の事業者がいずれも事業者間の合意を認識・認容し、それに伴い何らかの拘束を受けている状態にあれば足りる」、「拘束」は「当事者が事実上取決めに従って行動することとなるものであれば足りる」と分けて説明されることもある(品川武「不当な取引制限の要件事実」商事法務2067号128頁及び129頁)
(注6):元詰種子カルテル事件-東京高判平成20・4・4審決集55巻791頁
(注7)不当な取引制限という共同行為の主観的側面を「意思の連絡」、客観的側面を「相互拘束」と整理する見解として、泉水文雄・長澤哲也編「実務に効く公正取引審決判例精選」(山本浩平) 。行為要件を「意思の連絡」と「相互拘束」の各要件に分けずに1つの要件として捉えるべきであるとする見解として、白石忠志「独占禁止法」(第3版)。
(注8)新聞販路協定事件-東京高判昭和28・3・9高民集6巻94号35頁、社会保険庁シール談合刑事事件-東京高判平成5・12・14高刑集46巻3号322頁等。詳しくは、本連載・第1回の池田毅「取引関係(垂直関係)のある相手とのカルテルの成否」(Business Law Journal No.150)参照。
(注9)石油価格カルテル刑事事件-最判昭和59・2・24 刑集38巻4号1287頁
(注10)「意思の連絡」の存在自体が「相互拘束」に当たるとしたと読み取る見解として瀬領真悟「不当な取引制限規制における要件解釈の現状と課題:総論」日本経済法学会年報37号。意思の連絡が認定されれば、相互拘束も推定されるとの判断を示したものと読み取る見解として池田毅・水口あい子「正当な営業活動とカルテルのボーダーライン」ビジネス法務2018.6や泉水文雄・長澤哲也編「実務に効く公正取引審決判例精選」(山本浩平)がある。また、要件設定の変更について疑問を呈するものとして、白石忠志「独占禁止法」(第3版)、齊藤高広「不当な取引制限の主体と行為要件の現代的意義」日本経済法学会年報37号など。
(注11)なお、大石組入札談合事件(東京高判平成18・12・15審決集53巻1000頁)では、「各事業者間で相互にその行動に事実上の拘束を生じさせ、一定の取引分野において実質的に競争を制限する効果をもたらすものであることを意味する」と判示されており、東芝ケミカル事件の定義よりも要件が加重されたと読む見解もあったようであるが、基本的には東芝ケミカル事件の定義と同義と解するのが通説であると思われる。
(注12)前掲東芝ケミカル差戻審事件。会合において沈黙を保っていても、暗黙の了解があったものとして意思の連絡が認定された例として、ポリプロピレンカルテル事件・東京高判平成21・9・25審決集56巻(2)326頁。
(注13)前掲元詰種子カルテル事件
(注14)前掲石油価格カルテル刑事事件
(注15)前掲石油価格カルテル刑事事件
(注16)前掲の品川武「不当な取引制限の要件事実」商事法務2067号(122頁)では、「市場における競争の機能が十全に発揮されることが阻害される状態を生じさせ、あるいはその状態を維持・強化させるために必要なレベルの共同の行為が存在することが要件であり、かつそれで足りる」と説明されている。
(注17)元々は入札談合事件での運用であったが(安藤造園土木事件・公取委審判審決平成13・9・12審決集48巻112頁、前掲大石組入札談合事件等)、その後、価格カルテルでも同じ考え方が採用されていることが明示された(前掲元詰種子カルテル事件)。
(注18)宮井雅明「独占禁止法における合意の概念」根岸哲先生古稀祝賀(105頁)
(注19)武田邦宣「不当な取引制限における意思の連絡要件」日本経済法学会年報37号(20頁)
(注20)武田邦宣「企業間コミュニケーションとカルテル合意の立証」根岸哲先生古稀祝賀(110頁)、コミュニケーション概念をもって外延を理解する方が明確であるとする(114頁)。その他、立証に関する文脈ではあるが、「少なくとも事前の連絡交渉があったことは、単なる間接事実でなく、要件そのものに限りなく近いものであると考えるべきである」との指摘もあるが(白石忠志「独占禁止法(第3版)」207頁)、趣旨は近いと思われる。
(注21)「一定の取引分野における競争に影響を与え得る内容」であればよいとする見解として、菅久修一編著「独占禁止法」(第3版)22頁。また、品川武「不当な取引制限の要件事実」商事法務2067号(2015年)122頁では、「意思の連絡は、自分が相手の利益を害するような選択をしなければ相手も自分の利益を害するような選択をすることはないと考えられるだけのコミュニケーションが存在すれば十分」であると説明されている。
(注22)前掲品川武「不当な取引制限の要件事実」126頁及び128頁
(注23)渡邊惠理子「価格カルテル事件における防御方法再考」根岸哲先生古稀祝賀(129頁)は「当事者の意思の合致が明確ではない『情報交換』から『黙示の合意』を認定するためには、まず、(明示の場合と同程度の)『合意』の存在を推認させる『対価引上げ行為に関する情報交換』の内容・具体性が必要である。」とし、多田敏明「実務家から見た不当な取引制限の論点」日本経済法学会年報37号は、「競争により本来生じるはずのリスク(不確実性)の除去・低減と相互性が『意思の連絡』の構成要素になるものと解される」、「価格設定に係るリスクの回避・減少(不確実性の除去・低減)をもたらす程度の具体性は必要である」(77~78頁)と述べる。泉水文雄・長澤哲也編「実務に効く公正取引審決判例精選」(山本浩平)も「複数事業者間に共通の具体的目安を設定することが可能とならないような事業活動の拘束であれば、不当な取引制限に該当することはないものと解される。」と述べる(23頁)。